創立者池田大作先生の教育

武蔵野の学舎

創立者・池田大作先生は、創価教育の源流である牧口常三郎先生、戸田城聖先生の哲学と実践を継承しながら、その総仕上げの次代を担う人材育成の学校として、創価学園を設立されました。
池田先生が創価教育の実践の理想の地として選ばれたのは、東京の郊外で武蔵野の香りただよう小平の地でした。池田先生が、小平の地に将来の創価学園の建設候補地を視察するために初めて訪れたのは、1960(昭和35)年4月5日の火曜日のことでした。香峯子夫人と二人して玉川上水のほとりの雑木林で、清流のせせらぎの音をききながら、夫人の手作りの昼のおにぎりを広げ、水筒の蓋を湯呑み茶碗代わりにお茶を飲みながら、未来の若き哲学者たちを生み出すこの学園アカデメイアを夢見、語りあったといいます。
「牧口先生の願いは、創価の学舎には、最高の教育環境を整えること」との、戸田先生のお言葉を受け、池田先生はその教育の理想郷を探し、学校を設立するに当たって具体的に、四つの条件を定めていました。
  • 一、武蔵野の大地であること。
  • 一、富士が見えること。
  • 一、清流が流れていること。
  • 一、都心から車で一時間ほどの距離であること。
武蔵野の雑木林が洋々と開ける鷹の台の地は、そのすべての希望に適っていました。そし て池田先生は、約一万坪の敷地の購入を決意されたのです。
武蔵野の雑木林
その日から8年後、1968年4月に創価学園は武蔵野の地に開校しました。
池田先生は「創価学園の開校にあたって」の中で、「創価学園は、あくまでも日本の未来を担い、世界の文化に貢献する、有為の人材を輩出することを理想とするものであります」と創立の理想を示されました。
そしてその後、一貫教育の学校群を、次々と開校されました。創価学園・東京キャンパスのある「英知・栄光・情熱」のモットーの碑の下には、この創立者の思いを永遠に刻む意味で、「創価教育原点の地」とのプレートが設置されています。
「創価教育原点の地」とのプレート